患者の皆様へ


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心の健康コーナー:第4話『心の風邪:うつ病』(1999年7月掲載)

その1:症状の特徴

毎日の仕事の上で出会いやすい病気についてお話しします。今回はうつ病のお話をします。この病気は最近、意外に多いということがわかってきました。しかも軽症例が多いようで、他人からみても病気ということがわかりにくい形をとることもあります。

最近の米国の統計では人口の約2.2パーセントがうつ病であり、一生に1回以上うつ病になった人の比率は4.8パーセントにのぼるとされています。ざらにある病気と言えましょう。

それでは、具体的にはどんな症状がでるのでしょう。主だったものを思いつくまま挙げてみましょう。基本的には元気が出なくなります。そして、朝早くに目覚め熟睡感がなく、疲れがとれない。仕事に行くのがつくづく、つらい。朝に新聞やテレビを見る気がしない。仕事をしても根気が続かない。決断力が無くなってしまった。人に会うだけで疲れ果ててしまう、一人になりたい。些細なことで不安になる。つまらないことでカッとなる。これから先、上手くやっていく自信がなくなってしまった、いっそのこと、この世からいなくなってしまいたいと考えたりする。妙に寂しい、涙もろくなった。自分でも驚くほど弱気になった。食欲が出ず何キログラムもやせた。素敵な女性(男性)を見ても心がときめかない、など。

皆様、いかがだったでしょうか。「これは自分と同じだ!うつ病になっていたのか!」と驚かれた方もいらっしゃると思います。しかし、早合点は禁物です。健康な方でも過労などのために元気がなくなると、これと同じ体験をすることがあります。それでは、病気とどうやって区別するのか?

次回、お話ししたいと思います。

(1999年7月)

その2:病院へ行くべきか?

前回のお話でうつ病の症状を取り上げました。お読みになって自分と同じだと愕然とした方もいらっしゃると思います。それではすぐに病院へ行くべきなのでしょうか。今回はそれについてお話しします。

実は前回に紹介した症状の一部は健康な方でも体験しうるものなのです。ですから、いくつかに心当たりがあるからといって慌てる必要はありません。人間はゆううつになりやすく、愉快になりにくい存在ですから。それでは病院へ相談に行く目安はどのあたりでしょうか。私の意見としては、症状の中のいくつかが数週間以上続く。実際の仕事に支障がでる。決断力がなくなってしまう。この世からいなくなってしまいたいと思う。自分でも驚くほど、弱気になってしまった。こんなに変わってしまったのが、我ながら不思議だ。このような症状を自覚した方は積極的に精神科で相談したほうがよいと思います。

軽症うつ病は、たくさんの人がかかるが、よく治るので「心の風邪」だと言う医師もいる程です。こじらせる前に早めに治療を受けたほうがお得です。ただし、明らかに落ちこむ原因があった。自分でもなぜ落ちこんでいるのかよくわかる。なんとか自分で克服する自信がある。休日にレクリエーションをしたり、直接に悩みとは無関係な友人達と話し合ったりすると気が晴れる。などの場合はあまり急いで病院へ行く必要は無いと思いますが。どっちにしようか迷われたときは、どうぞ、メンタルヘルス相談をお気軽にご利用ください。今は、若者がガールフレンドと連れだって精神科に相談に来る時代なのです。

(1999年8月)

その3:うつ病になりやすい性格

今回のお話は、ぜひ部下を持つ立場の方に読んでいただきたいと思います。

うつ病になりやすい性格として4タイプを挙げている学者がいますが、県庁で生じやすいうつ病では1タイプだけを知れば良いでしょう。

診察をしていて経験するのは、最近は中年を過ぎた方の軽症うつ病が多いなという印象です。中年になって初めて生じるうつ病の場合、一般に想像しやすい、弱々しくいつも陰気な性格の人がかかりやすい訳ではありません。かえって、几帳面、生真面目で仕事熱心な、考え方によっては行政マンの鑑のような人がなりやすいのです。仕事を家に持って帰ってでもきちんとしないと気が済まない。完全にもれなく仕事をやりとげたい。頼まれると断りきれないで隣の分野の仕事まで引き受けてしまう。一緒に仕事をしていく上では頼りになる同僚かもしれません。バリバリ仕事をしている時期にはとてもうつ病になるとは想像できない活力も見せるでしょう。だからこそ、このような人が今までご紹介したような症状を訴えて相談してきたら、「おや、これはちょっと妙だぞ。うつ病ではないか」と考えてください。安易に叱咤激励をするとそれが自殺を誘発することがありますので注意してください。ご本人のお話をよく聞いてうつ病の可能性があると思ったら、まず、奥さん(旦那さん)に連絡してみてください。うつ病の症状が軽い場合は、本人が職場ではそれを隠している場合があります。しかし、自宅では、どうも最近、妙に元気がない、生気のない顔で横になってばかり居るなどの状態がみられることも多いものです。そのような場合は積極的に精神科受診をすすめたほうがよい場合が多いと思います。どうぞ、私たちにご相談ください。

(1999年12月)

その4:引き金になりやすい出来事

うつ病が始まるとき、特にきっかけとなる事件が見あたらないことも実際は多いと思います。しかし一方、引き金となる事件があることは時々あります。ここでは、代表的なものをいくつか挙げましょう。

  1. 昇進:昇進うつ病という言葉があるほどで、昇進がうつ病のきっかけになる場合があります。県庁のような組織では気を付けるべきでしょう。
  2. 退職:これはわかりやすいと思います。退職するということは経済的基盤の脆弱化、社会的立場の喪失、職場関連の友人との別離などいろいろなものを同時に失う経験です。
  3. 新築、転居:これは主婦の立場の人に多いようです。
  4. 子供の結婚:めでたい事ですが、一面では愛する子供たちと離れることにもなります。
  5. 配偶者との死別:老人の場合、配偶者と死別すると自殺率が男性で約3.5倍、女性で1.3倍になるといわれます。

などです。

昇進や子供の結婚などの一般におめでたいとされることがきっかけとなるというのは少し奇妙な感じがするでしょうが、いずれも、

  • 今までの生活の枠組み・パターンが変わったり、責任が重くなる
  • 新しい条件へなじむのにエネルギーを必要とする
  • 愛する者と引き離される

などの条件にあり、寂しさや疲れを誘う状況であろうと考えると納得できるようにも思います。皆様のご意見はいかがでしょうか。

(1999年12月)

その5:治療のポイント

治療のことをお話しする上で始めに取り上げたいのはうつ病の本質は何かということです。脳内の物質(神経伝達物質)の機能バランスの乱れであろうということが広く言われており、様々な研究が進んでいますが、私はわかりやすく、割り切って説明するようにしています。「脳が疲弊してしまった状態です。いわば、電池がきれかかった状態です。今は心と体のあちらこちらが具合が悪く重症だろうと思えるかも知れませんが大丈夫です。活動エネルギーを再充填すれば元通りになります。」事実と当たらずといえどもそんなに遠くないたとえ話だと思っています。ですから、治療のポイントはエネルギーの再充填をいかに効率よくするかということだと思います。

箇条書きにします。

  1. 仕事は思い切って休んだほうが治りやすいと思います。期間は3カ月から6カ月位みるべきです。通院か入院かはケースバイケースです。
  2. 精神的安静が基本です。自分を試したり、訓練したりする人が多いのですが、いずれも逆効果です。但し、回復が進んでくれば、身体を安静にしている必要はなく、体力づくりも行います。
  3. 治った後は復職しますが、最低6カ月は再発防止の服薬が必要です。なお、昇進うつ病の場合、治癒後にもとの職場にもどすべきか否かが問題になりますが、これもケースバイケースです。昇進後の立場にもどすことがまた同じ負担を与えて再燃につながる場合もありますし、配置転換が本人へ左遷との誤解を与え、失望を強めたり、新しい職場への再適応のために多大なエネルギーを使うことになり、病状が再燃するきっかけとなることもあります。主治医と相談する必要があるでしょう。

次回、うつ病の自殺について触れてうつ病のテーマを終えます。

(2000年1月)

その6:うつ病と自殺

ご存じの方が多いと思いますが、うつ病の場合、1番問題になるのは自殺です。うつ病は基本的に良性の病気で、時間はかかっても治ってしまうのが普通の病気です。

しかし、うつ病では病気の症状の特徴から、自殺が生じやすいことも事実です。

  1. これはゆううつな何とも重苦しい気分が続く
  2. 不安や焦燥感が強いと何とも言えない苦しみを体験する
  3. 自律神経失調の症状も伴い、体調そのものも非常に悪いように感じる
  4. 将来の生活への見通しが全く立てられなくなり、自信喪失に陥る
  5. 客観的状況を誤って悲観的にとらえるために将来への絶望を生じやすい

などの状況になるからだと思います。自殺は何としても防がなくてはいけません。そのためには、まず自殺したいという気持ちの有無を確かめる必要があります。実際にきいてみましょう。

  1. もう何もかも捨ててどこかへ行きたくなったりしますか?「YES」なら軽い自殺念慮(死んでしまいたい気持ち)あり
  2. 生きているのがいやになることがありますか?「YES」なら自殺念慮あり
  3. 自殺の手段を考えたことがありますか?「YES」なら切迫した自殺の危険あり

どの場合でも自殺念慮があれば早急に精神科を受診するべきです。特に、3の場合は緊急性があります。

自殺のおそれが強いと判断された場合の鉄則はとにかく本人を一人にしないことです。トイレの中まで一緒について行くぐらいの気構えが必要です。今回のお話は少し、生々しかったかもしれません。ご参考になるでしょうか。

(2000年1月)

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