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《記憶の障害を診る》記憶障害と認知症の関係は?(2001年1月掲載)

佐山 一郎(リハビリテーション科):秋田魁新報 2001年1月14日掲載

2000年8月に夫を亡くしたKさんは、夫の葬儀一切を終え、その心労がたたったのか、九月に自身がクモ膜下出血となりました。手術後の11月に我々のセンター精神科に紹介入院となるまで、クモ膜下出血前後の記憶がまったくありません。夫が春に腸閉塞で入院し、その看病をしていたことまでは良く覚えていました。リハセン転院を勧められた11月頃、やっとおぼろげながら記憶が戻ってきたのです。記憶のなかった間、手術を受けた病院では、Kさんの記憶障害によって起こる問題行動、徘徊や離棟行動などに手を焼いていたのです。Kさんは現在、精神科からリハビリ科に転科し、記憶をたどってその連続性を回復させ、同時に、新たにことを覚え込む能力(記銘力)の強化を行い、社会生活に復する訓練を続けています。

クモ膜下出血患者や頭部外傷患者ではしばしばこのようなタイプの記憶障害を生じることがあります。外傷・クモ膜下出血受傷より以前の記憶障害を逆向き健忘、受傷以降の障害を前向き健忘と言います。画像診断の進歩した現在では、脳の局所に損傷を伴っているかどうかはたちどころにわかります。画像で指摘される損傷が少ないほど、機能予後が良いのはほかの障害とまったく同様です。頭部外傷ではビマン性軸索損傷と呼ばれる、神経細胞どうしをつなぐ神経線維が障害される特殊な病態があります。このビマン性軸索損傷では脳内の出血を伴うことが多いのですが、軽症例では、脳内出血がほとんどないか、あっても小出血程度、クモ膜下出血と軸索損傷による脳の腫れがわずかにみられる程度の例があります。脳は神経細胞どうしがネットワークを作って働いていますから、この電線があちこちで途切れた状態では、この脳のネットワークに依存した記憶の再生や貯蔵が障害されてしまうのです。

交通事故で頭部外傷をおったA君やK君、I君なども逆向き・前向きの健忘状態のため、我々のセンターで訓練を受けました。復職先の理解と協力が必要ですが、このような例では根気強い生活指導や記憶回復訓練、代償訓練によって多くが職場復帰を果たしています。

記憶障害の中には訓練効果のあるタイプも

さて、記憶にもいろいろなタイプの記憶があります。記憶の内容で分けると、時間の流れの中で生じた出来事の記憶(エピソード記憶)、知識に相当する学習の記憶、など。記憶する手段で分ければ、視覚的記憶や聴覚的記憶、水泳や自転車などの体で覚える記憶(手続き記憶)などが代表的記憶の型となります。記憶障害があると、過去の記憶に基づいた判断・行動が影響を受け、社会生活が困難となり、見守りや援助が必要となります。そして注意の障害や精神的退行(幼稚化)、妄想、あるいは失語症や失行・失認などの高次機能障害が明かとなれば、痴呆と診断されることになります。中核にある記憶障害以外の障害が軽いか目立たない例では記憶障害自体に対するリハビリテーションが可能となります。メモや電子機器の利用など、記憶補助装置を使う訓練も有効です。記憶障害は「即、痴呆であり、痴呆だから治らない」という図式で処理してはならないのです。

秋田魁新報 2001年1月14日

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