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「否認」の心理(2009年10月掲載)
2009年10月
精神医学、心理学関係領域の用語で「否認」という言葉が時々使われます。この言葉は世の中で起きていることを理解する上でも役に立つ言葉だと思います。
「否認」という言葉は、本来は精神分析の用語で、自己がその事実をそのまま認めると不安や不快を感じるような現実などを無意識に無視してしまう心の働きを指します。このような心のゆれは精神分析の専門家が特殊な注意を払った時に観察されるだけではなく、精神医療一般や日常生活でも同様の人の心のゆれが見受けられるので、広く使われているのだと思います。
具体的な例を出します。随分と昔に放映されたテレビドラマですが、「オダ何とか」という美少女のタレントが主人公でした。その中の1シーンで主人公の恋人が突然にオートバイ事故で死んでしまいます。そうすると、その主人公は「嘘よ、嘘よ、そんなこと、嘘よ!」と泣き叫びました。私は家族の興味に付き合わされて仕方無く見ており、全く話に引きこまれることはなかったので、これは「否認」の心理に当たるだろうなと頭の中で考えました。つまり、事故で恋人が死んだのは事実なのですが、主人公はその事実を受け入れる気持ちにはとてもなれなかったために、認めることを拒否したからです。
例が少し具体的過ぎたかもしれませんが、このように「否認」の心理はごく普通の人の毎日の生活の中でもしばしば起きているものだと思います。そして、この問題を考える時に大事なことは、本人は気づかなくても周りの人からはこのような心理がすけて見えることです。他人から真摯な態度で自らの「否認」について好意ある指摘を受けた場合は「確かに今まで目をそむけていたが、これは一つキチンと考えてみる必要があるかもしれない」と思い返してみることも時には有益かもしれません。もっとも、悪意ある指摘を受けるときもありますし、たとえ、好意的な指摘でも、人生には下手に気づかないほうがよい事実も沢山あると思います。その時には聞き流してしまい、聞いた事実は頑張って忘れてしまうべきでしょうが。