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「頑固」は不器用の表現?(2009年10月掲載)

2009年10月

精神科診療のみならず、日常生活そのものを通じて、「高齢者の頑固」についての批判をよく聞きます。確かに、話の内容を聞くとまさしく「頑固」であり、それが種々の混乱した状況を作っていることが納得できることも多いようです。ただ、私が気になるのはその批判が道徳的な意味あいで話されることです。要するに「けしからん、態度を改めるべきだ」という論調です。

というのは、「高齢者の頑固」はその当事者が特別の価値観を持っていたり、人格的に練れていない証拠であるとは考えがたいからです。この「頑固」は高齢者一般にみられます。これは医学的立場からは、要するに柔軟性が減少したために、その人が選べる判断の選択肢が減ってしまったためと考えられるからです。つまり、それしか選べなくなっているから、ある主張にこだわり続けなければならない、それが他人には「頑固」と評価される。これが実態だと思います。

同じようなことがもっと若い人の場合でも当てはまる時があるように思います。全ての場面がそうであるとは全く思いませんが、一部では同じような理由によると思われる「頑固」に出会うときがあります。時には子どもさんの場合もそう思えることがあります。「頑固」に出くわして困った時は、すぐに人柄のせいにしないで、「もしかして、この人はこれしか選べないのかもしれない」と考えてみることは事態をよりよく理解するうえで役に立ち、今まで気づかなかった解決策を思いつくヒントになるかもしれません。「頑固」は不器用の表現かも、というような発想は毎日の人間関係をよりスムーズにするために大事なような気がします。

図:「頑固」は不器用の表現?

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